名前のないブログ

書きたいことをツラツラ書いていきます。変なこともいろいろ。。。(笑)

やっぱり

メンタルのことしたくなってきた。。。

 

衝動を抑えられない。どうしよう。。。

やっぱ、躁なんだねwww

 

いいじゃないか。躁でも。

いいじゃないか。鬱でも。

いいじゃないか。普通じゃなくても。

いいじゃないか。普通でも。

 

なんでもいいじゃないか。生きてるならそれだけでいいんだ。

 

理由なんていらない。

理由なんか知らないよ。

 

今さっき、ある本を読もうとして、

目次を開いて、あとがき読んでびっくりした。

『体の声を受け取って、

 それらの病気に「ありがとう」といえた人は改善していきます』

 (出典:宮島賢也氏『自分の「うつ」を治した精神科医の方法』)

 

本読む前から、ブログで自分で言ってた(笑)

でも、これから本読むけどね。ww

 

メンタルヘルスやら心理学やら、

心についての情報がいっぱいあふれているけど、

僕も情報を発信したりしたくなった。前からしてるけど(笑)

もっと積極的に!もっともっと!!

 

なんか、自分の生きる道開けた~

一本の道が目の前に見える。

生きる使命を見つけた。

 

会社だけじゃない、

社会、世界、経済、科学、教育、、、、

いろいろあるけど、結局動かしているのは人だ。

人が動くのは、心があるからだ!

心が病んだら、人は動けなくなるんだ!

人が動けなくなったら、みんな止まってしまうんだぞ!

会社だけじゃない、

社会、世界、経済、科学、教育、、、

 

自分はどうありたいか、ようやく見えたんじゃないか。

そうおもった、今日の午後。。。

さて、ビールでも飲もうか。。。

って、本読むんちゃうんかい!!!笑

 

生きてることに、ありがとう。

『死にかけた話は、

 今回に限ったことじゃありません!』

的なことを書きたくなったので、2本目アップします(笑)

 

何年前か忘れましたが、

通勤(当時は自転車通勤)の時に、

左折車に巻き込まれる事故に遭い、頭から落下。

当時からハゲ散らかしていましたので(笑)

アタマから流血しました。

救急車で運ばれて病院へ。

脳には異常なし、当直の先生が面白かったのですが、

半分笑いながら頭にホッチキスしていきます。

「エイ、エイ、エイ、、、もいっちょ、エイッ」

ホントに半笑いだったんですよ(笑)

夜間当直の先生って、大変だな~って思ったんです。

 

で、その時に身体に異常もなく、特に問題なく救われたので、

良かったのはよかったんですが、

当時、救急車で運ばれているとき、

自分が妙に冷静だったということが今でも鮮明に残っているんです。

事故のあった場所からどこの病院に搬送されるかわかんなかったんですが、

搬送中に、頭が低く身体が傾いていることがわかるんですね。

あ~相模原じゃなくて、境川の向こうの町田市の病院に行くみたいだな、

とか、なんとなくわかるんですよ。

これがあたりで、結局町田市の病院だったんです。

こればっかりは、自分でも当時冷静に「スゴイ」と思ったんですよね。

 

あと、当時NLPという心理学(芝健太さんのNLPラーニングセンター)を

学んでいたので、その事故の事実について辛いとは思ったものの、

「この事故から何かを得るはずだ」ということを、

救急車の中で漠然と思っていたんですよ。

今でもその時のことは鮮明に残ってるんですね。

 

そもそも、なんで今こんなことを思い出してるのか??というと、

僕は武田鉄矢ではないので、「僕は死にましぇ~ん」とか言わないですよ(笑)

まだ異常なので正しい考え方かどうかはわかんないですし、

まだ2017年も1.5か月ありますから、どうなるかわかんないですけど、

今回の躁うつ病にかかったこと、

やっぱりマジthank youって感じ??(笑)

真面目に言うと、、、

<<死ぬほど貴重な体験>>ということ。

交通事故で頭打った時より、派手に事故った今回のこと。

事故だ、躁うつ病なんか。

もちろんならないほうがいいさ。

だから、音声もyoutubeに上げたり、

同じような辛い経験をしないように

アクション起こしたいって、今でもマジに思うよ。

 

ってかさ~、

交通事故に1回あって死にかけて、

鬱病で3回自殺しかけて死にかけて、

今、生きてるんだよ。

 

どんだけ波乱万丈なんだよ!!(笑)

 

休んでるときにネットでうつ病になった人の経験談聞いた。

色んな人が沢山なってる。

みんな波乱万丈だけど、事故で無くなった方もいたけど、

なんだかんだみんな生きてるんだ。

 

39歳の学びだよ。まさに「thank you」だよ。

生きてることに、ありがとう!だよ。

そして、マジ痛切に思う。

この後の俺の人生、めちゃくちゃよくなるわ。絶対。

今はまだ冷静じゃないから詳細は描けないけど、

手応えは、鬱の時も、躁の時も、今も、変わらずある。

3回死にかけた後からずっとある。

絶対間違いない。

もう最強の人生になる。

絶対に間違いない!!

視野の話

はい。ただいま(笑)

日本一早い終電車みたいですね。。。。

 

いや~大分身体が軽くなってきた感じがしますね。

と、【現段階では】思います。

 

え~と、何の話しようかな。ですね。

バスの話します。

時系列でダラダラ書きます。

 

11月1日

休職明け初めての出社の日。

前日からもう緊張ハンパなくて、、、、という感じでした。

バスに乗るのは少し抵抗がありましたので、

行き帰りは歩いて帰りました。

 

11月2日

この日も夕方だったので歩いて出社、

帰り、少し緊張しましたがバスに乗って帰りました。

10分程度なので、怖くなかったです。

 

11月6日

バスで会社に向かい、

出勤して、すぐ帰る、という訓練をやっているのですが、

帰りのバスは、ある意味通学時間帯でラッシュなんですね。

学生さんも多く、高校の最寄りのバス停でたくさんおりていきました。

 

11月7日

同じくバスで会社に向かい、出勤してすぐ帰ります。

最近のバスは車いすの人も乗車できるようになっています。

通過する停留所の前に、身体が不自由な人のための支援施設があり、

車いすで通う人が乗っていました。

最近のバスの運転席には、停車ボタンを押した時の赤い「停車」ランプ以外に、

車いすの方のための停車ボタンがあり、

オレンジ色の車いすの絵の描かれた停車ランプもあるんです。

それが点灯すると、運転士さんが乗車用中ドアの下にある板を出して、

介助して降車のお手伝いをする、という仕組みになっています。

知りませんでした。

でも、車いすでの通学って本当に大変そうだな。。。と思うのでした。

 

11月8日

帰りのバスで、

ちょうどロングシートが1か所空いていたので、着席しました。

前日の車いすの人は乗っていました。

車いすの方が降車ボタンを押しました。

通常の降車ボタンとは違う位置についていました。

運転士の方が座席をもとの位置に戻しているのを見ました。

足元のペダルを踏むと固定が解除されて、

椅子を上げたり下げたりできるようになるみたいです。

 

。。。と、

こんな感じで出社直後1週間の僕の通勤訓練の話をしたのですが、

最初と最後の違いわかりましたか?

最初のうちは僕はバスに乗って会社に向かうことに必死でした。

移動中にはあまりスマホはみませんので、

どこか1点をぼーっと見ていたり、窓の外を見ていたりするだけでした。

でも、徐々に色々なものが見れるようになっていったんです。

乗車している人がどういう人か、

車いすの人がどれぐらい大変な思いをして乗っているか、

車いすの人のためにバスの設備がどんどん良くなっていること、、、

 

で、タイトルの「視野」の話になります。

躁うつ病の時は本当に視野が狭まりました。

1点しか見れてないです。

うつの時も、躁の時も両方です。

まだまだ異常なので、狭い視野でしか見れていないのですが、

心が落ち着きを取り戻せるようになると、

視野が自然と広まるようです。

 

これ、躁うつ病の時に限った話ではないと思います。

僕の経験上ですが、

心が穏やかでないときや、妙にテンションが高い時は、

基本的に視野は狭くなります。

穏やかな時には、視野はそれなりに広くなると思います。

 

心の波と視野は連動しています。

旅先で心が癒されているときに、

突然自分の中で凄いアイデアが浮かんだり、

冷静に分析出来たりすることがあるのは、

心の波が穏やかになって視野が広がったからなのかな~と今は思います。

 

このこと知ったのもあってか、

最近楽になってきたな~と思いました。

 

 

相談にまつわる注意点

今日は珍しく先にタイトル決まってた(笑)

普通この時間眠くなるはずなのに、

なんでこんなに眠くないんだろう??不思議。

やっぱ、まだ躁なのかな。

 

注意)

今回の「相談」は会社以外での相談事のことを指します。

 

復職のタイミングでも、いろんな人と相談した。

それなりにたくさんの人に聞いたが、回答はさまざま。

転職の話も色々相談した。

それなりにたくさんの人に聞いたが、回答はさまざま。

 

そう、十人十色なんて言葉もあるぐらい、

人は一人一人違うんだから、

回答だって何通りもあるわけで、、、

で、1つ目の注意点は『相談の答えは、相談した人数だけ存在する』ということ。

別に複数人に相談することは悪じゃないし、

逆に一人しか相談しなければ、一つしか回答がない。

それに比べりゃ、複数人に相談したほうがいいと思う。

ま、躁鬱病の時は人と会うことが億劫だから、

その辺は落ち着いてから相談したほうがいいんだけどね。

 

次、2つ目は『結局どうするかは自分で決める』ということ。

復職の時の相談で話を聞いてもらった人は二人。

で、回答も2種類ぐらいはある。

だけど、二人とも個人。だから、

将来の話も二人分の回答、すなわち道がある。

回答は当然二人の経験に基づく回答である。

 

僕は過ちを犯した。

復職に際して、回答してもらった人の名前を出して、

「その人に~と言われたので、色々自分で考えて決めた」

ということを上司の前で口走ったのだ。

これはかなりの粗相だったと思う。

当たり前すぎる

『自分の人生は自分で決める』

という概念が、

どっかにすっ飛んでいたのだ。

後から「~さんの意見も加味して自分で考えた」と言っても、

この段階で自分の人生を自分で決めれていないのだ。

 

当時の僕は、こんなにも冷静でなかったのだ。

今も冷静かどうかはわからないけど、

少なくとも今相談については2つのことを気づけただけ、

良かったと思う。

 

悩みと向き合うなんていうけど、

悩みをあからさまにして相談しても、

結果論どうするかは自分で決めること。

一歩踏み出すも、

足踏みするも、

後ろに下がるも、

全部自分次第。

 

そうなんです。

自分が自分の最大の味方なんですから。

生かすも殺すも自分次第。

ダメなら自分を救う手段を探せばいい。

それに尽きる。

怖くない距離から事象を見つめる

おはようございます。

今朝も4時に目が覚めるという(笑)

時間調節して、それなりに遅めに薬飲んだんだけど、

やっぱりだめか(笑)

 

ま、ぼちぼち行きますか。

 

 

さて、今日は『怖くない距離から事象を見つめる』という話です。

今日のドキュメントをお送りしましょう(笑)

 

いつものようにリハビリ出勤で7時50分に会社につき、

今日は8時10分までパソコン作業などをやることになりました。

で、チームのメンバーへの謝意を前々から伝えたくて、

勝手にごめんなさいメールしちゃったのですが、

上長から後から電話があり、

勝手にメールすんな!一言相談してからメールしなさい!

みたいなことで言われたわけです。

 

で、僕がとった行動は、

その場では『おっしゃる通りです。スミマセン』とやり過ごして、

そのまま家に帰ります。

で、そのあと、しばらく時間をおいてから、

ま、上司から叱られた後、約2時間ほどしてから冷静に振り返りました。

その時は

「まあまあ、自分のことを気にしていってくれてんだな~

 ま、いい方は相変わらずだけど、ま、仕方ねえわな(笑)

 ま、今度からやめとこっと」

ぐらいの感じで、さほどメンタル落ち込むことなく、

そのことを咀嚼できました。

時間を見計らって、上司にメッセージしておこうと思います。

 

躁うつ病になる前は、こんなこと全然してなかったんですね。

なんていうんだろう・・

言われた場でしっかり反省しなきゃ!みたいな、

強迫観念があったみたいで、、、

大小かかわらず、日常茶飯事でそういうことはたくさんあるのに、

いちいち毎回、その場でしっかり反省みたいなことしてたんですよね。

そりゃ~、ダメにもなるって話ですよ。

 

タイトルには『距離』と書きましたが、

これは『時間』でもOKなんですね。

昨日の記事でも、鬱の最中に冷静だと思い込んでいた自分が、

少し時間がたったら冷静じゃなかった、とわかった、

なんて話を書いたと思うんですが、

毎日起こること、起こったことなんて、無限大にいっぱいあるんですよね。

でも、渦中では冷静な気持ちでいれるはずがないんですよ。

昨日の波の話と一緒。

風も吹かない、雨も降らない穏やかな時は、

湖面はきれいに周囲の風景を映し出します。

しかし、風の時や雨が降っているときは、

湖面は小さくても波立つもの。

小さな波ならともかく、大きな波の時に、船が揺れないわけがありません。

心も一緒です。

波が収まるまでは、無理してアクションする必要はないんです。

そして、個人的に大事だなと思ったのは、

①自分の行動を冷静に振り返り、自分の行動したことを認めること

②その時の相手の行動を振り返り、相手の気持ちになって考えてみること

③その時の自分も、その時の相手も、両方ともしっかり受け止めること

だと思います。

ポイントは『何かが起こったその時に深く考えないこと』です。

 

今僕が書いているときも、

ひょっとするとまだ冷静じゃないかもしれませんが(笑)

それでも、大きく進歩・成長したんだなと実感しました。

 

心の波

今日も、とりあえずなんか書いてみよっかな~的なノリです。

スミマセン(笑)

 

3時半に目が覚めました(笑)

自称39歳なんですが、、、なにか?????

 

あっ、2018年の手帳そういや買ってない!!

って思い立ったら、止まらないのが躁の大変なところ。。。汗

24時間空いている町田市のツタヤへレッツラゴーして(笑)

1日1ページの手帳買ってやった。4:15(笑)

1580円+税!!!ゼイゼイ!!!

(このノリ、完全に誰かのBlogのノリをパクッテる(笑))

 

『2018年は自分にとって大きな転換点になる』

 

わさわさした感じが僕を動かしたんですかね。

 

基本的には、

松尾英和さんの『超変革ノート』をパクらせていただき(笑)

けんにいこと、京牟礼健人さんとの強み発掘をヒントに勝手に作った

『価値ノート』をマッチングさせ、

人気のナリ心理学をヒントに勝手に作った

『許可ノート』をマッチングさせた、

【意味わかんないけど絶対自分変革しそうな手帳】にしてやろう

という根端があります。

(↑パクりまくりヤンケ)

ノリまでパクる確信犯( ̄▽ ̄;)

 

で、そのあとリハビリ出勤して、

そのあと、上司に連絡して、、、

 

そのあと予定がなく

急に海を見たくなったので、

車を走らせ西湘バイパス西湘PAで波を10分ぐらい眺めた。

 

自分の心の波を湘南の波に重ね合わせてみた。

10分が限界だった。

 

だから、そそくさと小田厚で厚木に戻り、

まだ11時前だったので、なんとなく圏央道経由で宮ケ瀬ダムへ。

雨が降っていたけど、気にせず湖面とダムを眺めていた。

流木は少々残念だけど、

ダムの湖面は見ていてすごく落ち着いた。

 

4月に鬱状態の診断書をもらい、

何もしていない休みに気がくるっていた時、

急にダムに行きたくなった。

10月までで60個以上のダムをめぐり、ダムカードをゲットした。

 

どーしてダムにのめりこんだか??

 

今日、久しぶりに宮ケ瀬ダムに行って、その理由が分かった気がする。

 

無性にダムカレーが食べたくなったので、相模湖へ。

交流センターの2階にある食堂でダムカレーを食する。

あ〃~写真がまた90度…
f:id:yamatoji-rapid0721:20171114162216j:image

 首を90度左に曲げてみてください。(笑)

美味しかったので、興味のある方はぜひ相模湖へ。

 

お腹いっぱいになった僕は、相模湖のほとりで15分ほど休憩。

風の影響か細かく波打っていました。。。

嗚呼。

何だか、今の僕を映し出しているようだ。。。

少しだけ寂しくもなったけど、水面の小さな細かい波。

妙な親近感がわいてきた。

 

頭も少々ワイているw

 

今日はこんな感じ。

 

そうそう、youtubeワイドナショーの過去のやつを見てて、

ビートたけしさんが出てる回のやつを見つけてみてたんだけど(朝6時半)

バイクで事故ったときは完全に鬱だったんだって。

たけしさん言ってた。

「そん時はわかんないけど、後から聞いてあの時酷かったねって言われた」

僕は躁うつ病の本質を突いたコメントだと思った。

 

躁うつ病の時、冷静に自分を分析することは絶対できない】

 

11月ももう2週間たとうとしているけど、

休職明けの11月1日2日の緊張感とか、それ以前の1週間の緊張感とか、

『異常だった』って、今になって解る。

振り返ってみれば、2017年1月からもうおかしかったと、

今になって解る。

その時々の行動の選択は間違ってはないんだけど、

少し間を開けて今じっくり振り返ると、

おかしかったんだな、とわかる。

 

ビートたけしさんは凄いと思った。

臨床心理士とか、メンタルヘルスの講演でもやってほしいと思った。

ブックオフに行って、本買い漁ろうかとすら思う。

崇拝しようとすら思う。

教祖か!!ww

 

結局さ、

『時間という距離』を置いて、冷静に自分を見つめなければ、

マトモか異常かなんて区別できないんですよ。

 

荒れ狂う波の中で、ボートをこぐなんてできないでしょ?

多少波打っていても、ボートはこげるでしょ??

心の波もそうなんじゃないの?って今日思えました。

ん?少々強引????(笑)

 

 

空白は怖くない

とりあえず、なんか書こうと思ったけど、、、、

 

出てこない!!!(笑)

 

う~ん、出てこないな(笑)

 

今日の行動でも振り返るか。

 

午前3時起床(笑) 前日睡眠薬早く飲みすぎた。

お湯はりして、お風呂にちゃぽん。

アタマとヒゲをジョリジョリ~

 

5時発表の最新の気象情報チェック。

7時服を着替える。

7時10分リハビリ出勤

7時50分出社・退社(リハビリ出勤中で、今週も訓練出社のみ)

9時前帰宅。

10時近所のスーパーの総菜コーナーで売っているお寿司を購入。1000円分(笑)

10時40分かなり早い昼食

11時40分アイスコーヒーを飲みながらyoutube見てた。

14時疲れてきたので、ベッドで横になる。30分ほどぼーっとする。

浅い眠りで昼寝

気が付けば19時。

雨がもう降りだしていた。

気象情報少し外れたみたい。よしずみくんもびっくりだね(笑)

 

という1日を送っていた。なんじゃそりゃ(笑)

 

躁転した10月末に動きすぎた(山中湖、河口湖、諏訪湖1周)とか、

11月1日~の復職へ向けての心労から、

11月9日(木)動けなくなってしまったため、

無理をしないことを心がけた。

疲れたと思ったらしっかり休んだらこの結果(笑)

でも、別に悪いと思ってない。

9月中旬、鬱で休み始めた当初に比べると、

1日の充実度は確実に向上してきている。

9月は

「え~~1日ってこんなに長かったの~~」

って嘆いてばかりだった。

だけど、今は仕事出来てた時と同じぐらいの時間の流れ方になった。

充実度?という言葉が正しいかわかんないけど、

やっぱり今回で自分の根っこにある感情とアクセスしたことで、

しっかり価値を見出せるようになってきたのかもしれない。

 

また、躁は躁で大変だということが分かったことも、大収穫。

 

今日の振り返りを見て、空白が多くね?とおもった方もいるかもしれないですが、

空白が気になる方は要注意かもしれません。

隙間なく動く=充実度upとは限らないのです。

今日あった事実がどれだけ印象的だったか?が充実度につながると思っています。

直近の目標が<仕事をできるようになる>である僕にとっては、

月曜日の朝少し早めに起きて(今日は勝手に目覚めたが(笑))

アタマ剃って準備して、会社にたどり着き、

無事家まで帰り着いたことが何よりも印象的でした。

先週月曜日は午後の出社だったので、朝から準備をしたのは久しぶり。

すれ違った人が会いたくなかった会社の人でも、自分から挨拶できた。

これも快挙。

 

なんだそれ?と思った人は、もしかすると空白恐怖症なのかもしれません。

ノートいっぱいに何かを書きまくらなければ気が済まない人いるでしょ?

時間も同じでいっぱい書かなきゃ気が済まない人かもしれません。

空白は怖くないのです。

無意識に何もしない自分を責めている場合があります。

何かしなきゃ。何かしなきゃ。

仕事も一緒でしょうね。

仕事しなきゃ。仕事しなきゃ。

無意識に自分を責めてしまうのです。

 

僕も空白恐怖症でした。

親の影響で偉人・賢人の日常を描く番組をよく見てきましたが、

その人たちを見ていると、多忙だが充実している人生を送っているように見えた。

僕もあんな風な賢人と呼ばれたい、と気が付けば思うようになっていました。

賢人の生活は朝一番から夜寝る前まで充実しているように見えます。

オフでもアクティブに動いていて、見ててかっこよく映ります。

でも、今思えば、そこがうつ病の原因だったかもしれません。

朝一番から夜遅くまで、全てを埋め尽くさなければいけない。

どうして間違っちゃったんだろう。。。

 

きっと「賢人=幸せな人」とは限らないんですね。

 

では、空白をどうとらえるか?

「『なにもしない』をする」と考えるにつきます。

または、「積極的に『身体を動かさない』をする」

という言い方もいいかもしれませんね。

 

よく考えれば、空白は空白ではありませんよね。

『白色』という立派な色の名前があるじゃないですか。。。

 

 

 

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「命の価値、生きている価値を一人でも多くの方に理解してほしい」との思いから、
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あくまでも、個人の経験談です。
万人のうつ病患者の皆さまに当てはまらないかもしれないですが、
一人でも多くの人に声が届けばと思い、チャンネル上に音声をアップしています。