庶民のための心理学っぽいブログ(笑)

2017/11/12タイトル変更!最近、料理してないし(笑)鬱病の話しかしてないし、心の話が多くなってきたので、タイトル変えました。音声もyoutubeで上げてます。気持ち悪くなければ聞いてみてください(笑)https://www.youtube.com/channel/UCxFu3CBmQini8FAdSmQdp3A/videos

愛と洗脳

いきなりですが、

イメージしてみてください。

直属の上司に

『俺は、お前のことを愛している』

と言われた、と想像してみてください。

 

恋愛ではありません。

とりあえず、イメージしてみてください。

 

文句言わずに、とりあえずイメージしてみてください(笑)

 

上長の言葉を

マジで受け止めるという人→うつ病の傾向あり

さらっと流せるという人→正常

と、今となっては思えます(笑)

 

今の部署の上長が、就任当初の面談で僕に言った言葉です。

『俺はお前のこと愛している』

確かに愛されているかもしれない。

うつ病になったとき、

しっかり休んで体調整えてこい!と背中を押したのもこの上長。

2か月の休養をさせてもらったし、ある意味命の恩人です。

 

しかし、しかしです。

 

少しだけ冷静に近づいた自分がふと思ったんです。

「自分が逆の立場で、『愛してる』なんて言うかな_?」

 

18分ぐらい考えて、自分なら言わないなと思ったんですね(笑)

 

39歳、独身男性、素人童貞(←オイっ)に教えてください。

『愛』って何ですか???

 

39年間ロクに恋愛もしてこなかった僕に教えてください。

会社の上長が言う『愛』って何ですか??

 

辞典的には。。。

  1.  親子・兄弟などがいつくしみ合う気持ち。また、生あるものをかわいがり大事にする気持ち。「愛を注ぐ」

  1.  異性をいとしいと思う心。男女間の、相手を慕う情。恋。「愛が芽生える」

  1.  ある物事を好み、大切に思う気持ち。「芸術に対する愛」

  1.  個人的な感情を超越した、幸せを願う深く温かい心。「人類への愛」

  1.  キリスト教で、神が人類をいつくしみ、幸福を与えること。また、他者を自分と同じようにいつくしむこと。→アガペー

  1.  仏教で、主として貪愛 (とんあい) のこと。自我の欲望に根ざし解脱 (げだつ) を妨げるもの。

  2. (出典:デジタル大辞典(小学館))

 

やっぱり、今の自分には、

上長が言ってる愛の意味がようわからん。

愛社精神】という言葉をよく見かけますが、

本当にそんなもん存在するとは思えません。今、思えません。

 

自分を愛するの意味は分かる気がしてきた。

「何があっても、自分が生きている価値があると心の奥底まで腑に落ちて、

 今、ここをしっかりと生きること」という意味だと思っています。

あくまで個人的な話ね(笑)

 

で、会社にて本当に愛という言葉を使うことってありますかね???

 

なんやろ。。。(笑)

 

今の僕には会社での愛=洗脳にしか聞こえないんです。

半年前までは、上長の言う

「お前を俺は愛してる」がリアルな愛だと勘違いしていたなと思ったんです。

その時点で、僕はおかしかったんですよね。きっと。

上長の言う愛をマジで受け止めて、

自分を愛することを犠牲にしていたことが、

異常ですよね(笑)

異常、マジ異常。キモイ。

 

うーん、やっぱり変だったんだな。

愛=洗脳とは言いすぎかもしれないけど、

表裏一体の位置関係ですよ。きっと。

 

いやいやいやいや、、、、

会社だけじゃないよね、きっと。。。

恋愛だって、なんだって、、、

人生という大きな括りで行けば、

愛は洗脳と表裏一体ですよ。たぶん。

 

本当の愛って、自分が起点だと思いました。

で、最終的には自分=起点に帰ってくる、みたいな感じかな。

 

山手線とか大阪環状線みたいな感じ。

東京から乗って、ぼーっとしていたら1時間後にまた東京!みたいな。

あ、たまに大崎終点の列車があるから気を付けて(笑)

大阪から乗って、ぼーっとしてたら45分後にはまた大阪みたいな。

あ、結構天王寺とか京橋終点の列車があるから気を付けて!(笑)

 

ってことはよ~(急に泉谷しげる口調(笑))

会社の上長の言う愛なんて、嘘だよ(笑)

だって、しょせんサラリーマンじゃんか。

給料があっての上長で、部下がいるみたいな。

愛じゃないよ、金だよ、金。

「お前を愛している」って言った後に、

「俺には家族があるから」とか言ってる上長、おかしくねえか(笑)

はははははは。満点大笑いだ(笑)

守るべきものがあるなんて、会社という組織だろうよ。

対象は組織という、架空の枠組みで、

対ヒトではないよ。

っつーことは、会社とは?組織とは?ということを語れない上司だよ。

だから、そんな上司クソだということ。

ってことはよ~(またまた泉谷しげる

上長の言うことは、さらっと流せってことですよ(笑)

(↑結論ショボっ)

大阪環状線で、行先見ないで乗った列車がUSJに行っちまう感じ。

やっぱり比喩に鉄道は微妙(笑)

よし、ダムで。。。余計無理か(笑)

 

人間関係、ひいては恋愛もそういうもんでしょうねきっと。

恋愛は余りわからんが(笑)

 

最後はマトモに行くけど(笑)

 

まずは自分を愛することが基本。

その次が恋愛、彼女や家族を愛すること。

その次が会社、、、

ぐらいの順番ですよ、きっと。

 

自分をしっかり愛せない人は、恋愛が出来ないと言われる所以は、

そこにあると思います。(え?だれか言ってた???(笑))

わかんない?俺を見たらすぐわかる(笑)

とーぜん、僕には彼女がいないんですよ。

だって、自分をきちんと愛せてないんですから。

 

自分をきちんと愛せている人は、

多分、会社の上長に愛してると言われても、マジでは受け止めないよ(笑)

上長のいう「愛してる」は、「会社の言う通り働け」だよ。

んなんの、つきあってられるかっつーの(笑)

 

あれれ、なんかスッキリしたかも(笑)

今日は酔ってないのに(笑)

もちろん、昼ビールからですから、15時には飲み終わってたけどね。

 

そーいや、昼間youtubeでクイズ紳助くんの動画で、

島田紳助さんが言ってたな~。

「女性の都合で始まるのが恋愛、男の都合で始まるのがストーカー」

って。

ってことはよ~(またかよ、泉谷!)

「会社の都合で始まるのはパワハラ」か!!!

っつかさ、、、すべってるし(笑)

 

病んでるサラリーマンの方へ、、、

真面目に会社のこと考えるのやめたほうがいいよ!

絶対やめたほうがいいですよ!!

会社のために自分の命を捧げちゃだめですよ!!!

会社が自分を守ってくれる時代なんて、20年前に終わってますよ!!!

これからは自分で生きる時代なんですよ!!!

躁うつ病になるなんて、愚の骨頂です。

自殺しようとするなんて、論外です。

それが仕事きっかけなら、バカバカしすぎて、鼻毛伸びますよ。

アタマ禿げてるとかいうなよ!!(笑)

 

躁うつ病で自殺しようとしてしまった僕が言ってるんです。

多分、間違いないと思います。

会社のせいで医療費たくさん使いまくってるんです。

通院1000円、薬2000円、3割負担でこんだけ取られます。

1か月に1回としても36000円もですよ。

会社のせいでここまでなってるんですよ。

会社は医療費肩代わりしませんよ。

これで、どこに愛があるんですか??

会社の言う愛をまだ信じている方、

もうすぐ改元ですよ。

考え方も変えていきましょ。

 

大阪環状線の列車だと思って、

気が付いたら桜島駅にいるそこのあなた!!!

山手線の列車で東京に行こうとして、

大崎で降ろされたそこのあなた!!!

名古屋市営地下鉄名城線の、、、もうええわ(笑)

 

一緒にタクシーで『自分』という駅に帰りませんか。

一番落ち着く終点でもあり、起点でもある、

『自分』というターミナル駅に帰りませんか?

パクリと融合/表裏一体

前の記事で、こんなこと書きました。

tetsu-shinri-hakken.hatenablog.com

 

今朝も宮島先生の本を読んでいましたが、、、

その前の話からします。(笑)

 

8年ぐらい前に心理セラピーを受けて、

そのセラピストの方が昔学んだNLPという心理学を勉強し、

そのNLPラーニングセンターというところでフォトリーディングという

読書法を学びました。

1冊1時間かからずに本を読める、

各ページを写真に撮るかのように読んでいくという、

(かなり説明下手(笑))

とりあえず、すごい読書法なんですが、

それを学んでから、

僕は心理学の本をフォトリーディングで読みまくりました。

恐らく100冊以上は読んでるでしょう。

ま、全ての内容をすぐに言えるようになるわけではありませんし、

神田昌典さんみたいに凄く読めるわけでもない。

だけど、たくさん読んだのですね。

ぶっちゃけ、ほとんどが脳が処理してくれるような読み方ですから、

いちいち覚えてられないわけですけど、

でも、たくさん読んだのです。(猛アピール)

 

昼間っからポテチにビール飲んでますけど、続けます(笑)

 

で、

昨日宮島先生の本の内容を読むまでの間に、

自分のBlogで本と同じような内容を何個か書いていたんですね。

自分がブログを書くときは、特に何か本を横に置いて書いたりはしないし、

引用するときは殆ど出典先を掲載するようにしているのです。

つまり、殆どの内容が自分の頭の中で形成されて、

文書になっていくんですね。

で、後から気づけば、同じ内容が何個かあったと。。。

 

でもって、ビール2本目に突入しますが(笑)

 

これは『パクリ』になるのでしょうか?

 

躁うつ病になってからは全然本は読めていないのですが、

その前に読んだ情報は実は脳、もしくは潜在意識に残っているんですね。

潜在意識に残っている情報は、ビックリするぐらい

リラックスしている状態で(ふぁっ)と出てくるんです。

最近でこそ乗れていませんが、中央本線であずさに乗っているときなんかは、

よく出てきます。

その時の驚きといえば半端ない。

「うぉーっ」って感じ。

自分天才か?って褒めまくりなんですよ。(笑)

 

下の写真をご覧くださいませ。

f:id:yamatoji-rapid0721:20171118134801j:plain

これはあくまでも僕の経験則ですが、

本を読んだことも含め、『できごと』とひとくくりにしますが、

『できごと』は潜在意識や脳にある2つのフォルダに振り分けられていく、

と【勝手に】僕は思っています。

一つ目は「教訓フォルダ」、もう一つが「トラウマフォルダ」です。

で、振り分ける契機となるのが、

自分もしくは他人の【判断基準】なんですね。

自分もしくは他人が「よかった・すごい・すばらしい」などの

プラスの判断基準でその『できごと』をとらえれば、

教訓フォルダに振り分けられます。

で、

自分もしくは他人が「ダメ・NG」という

マイナスの判断基準でその『できごと』をとらえれば、

トラウマフォルダに振り分けられます。

 

そういう仕組みが脳、もしくは潜在意識にはあるんではないかと思っています。

で、教訓フォルダの中では、

教訓として振り分けられた出来事が自然に体系化され、

しっかりとしたものに成長していきます。

要は確信をもってその出来事について語れるようになります。

個人的に僕は『融合』と呼ぶようにしています。

しかし、トラウマフォルダの中では、

トラウマとして振り分けられた出来事はそのままの形で残り、

どんどんと溜まっていってしまって、フォルダの容量をオーバーしてしまう。

【個人的に】その状態が『躁うつ病』と呼ばれる正体だと思っています。

 

あ、話それてる。ま、ビールのせいということで(笑)

 

で、融合されたこと、要は自分で体系化されたことは、

僕は『パクリ』には当たらないと思っています。

【よし、パクろう】

と思って意図的に使うことを『パクリ』と呼ぶんじゃないかと思っています。

 

ここ最近、ネット上で炎上しているパクリ疑惑の数々も、

本人が意図的に使おうとしない限り、

僕はパクリにならないと思ってるんです。

そんなこと言いだしたら、きりがない。

カバー曲という概念なんて成り立たなくなるもんね。

 

 

それと出したついでにもう一個だけ。。。

 

さっき書いた『できごと』が、教訓になるかトラウマになるかは

自分もしくは他人の【判断基準】で振り分けられるもので、

『できごと』自体は、いっさい、形も姿も変わらないものなのです。

 

このことに気付いた今、自分的にですが、

躁うつ病になった原因が

自分:他人=50:50(フィフティー・フィフティー)だとおもいました。

『できごと』に悪い付加価値を与えて、トラウマフォルダに入れたのが、

自分の場合もあるし他人の場合もある。

頑張りすぎとか人間関係もあるけど、

結果的にそれも含めて、50:50だなと思うんですね。

 

さて、この身体からのメッセージを踏まえて、

将来をどうするのか???

じっくり考えようではありませんか!!^^

やっぱり

メンタルのことしたくなってきた。。。

 

衝動を抑えられない。どうしよう。。。

やっぱ、躁なんだねwww

 

いいじゃないか。躁でも。

いいじゃないか。鬱でも。

いいじゃないか。普通じゃなくても。

いいじゃないか。普通でも。

 

なんでもいいじゃないか。生きてるならそれだけでいいんだ。

 

理由なんていらない。

理由なんか知らないよ。

 

今さっき、ある本を読もうとして、

目次を開いて、あとがき読んでびっくりした。

『体の声を受け取って、

 それらの病気に「ありがとう」といえた人は改善していきます』

 (出典:宮島賢也氏『自分の「うつ」を治した精神科医の方法』)

 

本読む前から、ブログで自分で言ってた(笑)

でも、これから本読むけどね。ww

 

メンタルヘルスやら心理学やら、

心についての情報がいっぱいあふれているけど、

僕も情報を発信したりしたくなった。前からしてるけど(笑)

もっと積極的に!もっともっと!!

 

なんか、自分の生きる道開けた~

一本の道が目の前に見える。

生きる使命を見つけた。

 

会社だけじゃない、

社会、世界、経済、科学、教育、、、、

いろいろあるけど、結局動かしているのは人だ。

人が動くのは、心があるからだ!

心が病んだら、人は動けなくなるんだ!

人が動けなくなったら、みんな止まってしまうんだぞ!

会社だけじゃない、

社会、世界、経済、科学、教育、、、

 

自分はどうありたいか、ようやく見えたんじゃないか。

そうおもった、今日の午後。。。

さて、ビールでも飲もうか。。。

って、本読むんちゃうんかい!!!笑

 

生きてることに、ありがとう。

『死にかけた話は、

 今回に限ったことじゃありません!』

的なことを書きたくなったので、2本目アップします(笑)

 

何年前か忘れましたが、

通勤(当時は自転車通勤)の時に、

左折車に巻き込まれる事故に遭い、頭から落下。

当時からハゲ散らかしていましたので(笑)

アタマから流血しました。

救急車で運ばれて病院へ。

脳には異常なし、当直の先生が面白かったのですが、

半分笑いながら頭にホッチキスしていきます。

「エイ、エイ、エイ、、、もいっちょ、エイッ」

ホントに半笑いだったんですよ(笑)

夜間当直の先生って、大変だな~って思ったんです。

 

で、その時に身体に異常もなく、特に問題なく救われたので、

良かったのはよかったんですが、

当時、救急車で運ばれているとき、

自分が妙に冷静だったということが今でも鮮明に残っているんです。

事故のあった場所からどこの病院に搬送されるかわかんなかったんですが、

搬送中に、頭が低く身体が傾いていることがわかるんですね。

あ~相模原じゃなくて、境川の向こうの町田市の病院に行くみたいだな、

とか、なんとなくわかるんですよ。

これがあたりで、結局町田市の病院だったんです。

こればっかりは、自分でも当時冷静に「スゴイ」と思ったんですよね。

 

あと、当時NLPという心理学(芝健太さんのNLPラーニングセンター)を

学んでいたので、その事故の事実について辛いとは思ったものの、

「この事故から何かを得るはずだ」ということを、

救急車の中で漠然と思っていたんですよ。

今でもその時のことは鮮明に残ってるんですね。

 

そもそも、なんで今こんなことを思い出してるのか??というと、

僕は武田鉄矢ではないので、「僕は死にましぇ~ん」とか言わないですよ(笑)

まだ異常なので正しい考え方かどうかはわかんないですし、

まだ2017年も1.5か月ありますから、どうなるかわかんないですけど、

今回の躁うつ病にかかったこと、

やっぱりマジthank youって感じ??(笑)

真面目に言うと、、、

<<死ぬほど貴重な体験>>ということ。

交通事故で頭打った時より、派手に事故った今回のこと。

事故だ、躁うつ病なんか。

もちろんならないほうがいいさ。

だから、音声もyoutubeに上げたり、

同じような辛い経験をしないように

アクション起こしたいって、今でもマジに思うよ。

 

ってかさ~、

交通事故に1回あって死にかけて、

鬱病で3回自殺しかけて死にかけて、

今、生きてるんだよ。

 

どんだけ波乱万丈なんだよ!!(笑)

 

休んでるときにネットでうつ病になった人の経験談聞いた。

色んな人が沢山なってる。

みんな波乱万丈だけど、事故で無くなった方もいたけど、

なんだかんだみんな生きてるんだ。

 

39歳の学びだよ。まさに「thank you」だよ。

生きてることに、ありがとう!だよ。

そして、マジ痛切に思う。

この後の俺の人生、めちゃくちゃよくなるわ。絶対。

今はまだ冷静じゃないから詳細は描けないけど、

手応えは、鬱の時も、躁の時も、今も、変わらずある。

3回死にかけた後からずっとある。

絶対間違いない。

もう最強の人生になる。

絶対に間違いない!!

視野の話

はい。ただいま(笑)

日本一早い終電車みたいですね。。。。

 

いや~大分身体が軽くなってきた感じがしますね。

と、【現段階では】思います。

 

え~と、何の話しようかな。ですね。

バスの話します。

時系列でダラダラ書きます。

 

11月1日

休職明け初めての出社の日。

前日からもう緊張ハンパなくて、、、、という感じでした。

バスに乗るのは少し抵抗がありましたので、

行き帰りは歩いて帰りました。

 

11月2日

この日も夕方だったので歩いて出社、

帰り、少し緊張しましたがバスに乗って帰りました。

10分程度なので、怖くなかったです。

 

11月6日

バスで会社に向かい、

出勤して、すぐ帰る、という訓練をやっているのですが、

帰りのバスは、ある意味通学時間帯でラッシュなんですね。

学生さんも多く、高校の最寄りのバス停でたくさんおりていきました。

 

11月7日

同じくバスで会社に向かい、出勤してすぐ帰ります。

最近のバスは車いすの人も乗車できるようになっています。

通過する停留所の前に、身体が不自由な人のための支援施設があり、

車いすで通う人が乗っていました。

最近のバスの運転席には、停車ボタンを押した時の赤い「停車」ランプ以外に、

車いすの方のための停車ボタンがあり、

オレンジ色の車いすの絵の描かれた停車ランプもあるんです。

それが点灯すると、運転士さんが乗車用中ドアの下にある板を出して、

介助して降車のお手伝いをする、という仕組みになっています。

知りませんでした。

でも、車いすでの通学って本当に大変そうだな。。。と思うのでした。

 

11月8日

帰りのバスで、

ちょうどロングシートが1か所空いていたので、着席しました。

前日の車いすの人は乗っていました。

車いすの方が降車ボタンを押しました。

通常の降車ボタンとは違う位置についていました。

運転士の方が座席をもとの位置に戻しているのを見ました。

足元のペダルを踏むと固定が解除されて、

椅子を上げたり下げたりできるようになるみたいです。

 

。。。と、

こんな感じで出社直後1週間の僕の通勤訓練の話をしたのですが、

最初と最後の違いわかりましたか?

最初のうちは僕はバスに乗って会社に向かうことに必死でした。

移動中にはあまりスマホはみませんので、

どこか1点をぼーっと見ていたり、窓の外を見ていたりするだけでした。

でも、徐々に色々なものが見れるようになっていったんです。

乗車している人がどういう人か、

車いすの人がどれぐらい大変な思いをして乗っているか、

車いすの人のためにバスの設備がどんどん良くなっていること、、、

 

で、タイトルの「視野」の話になります。

躁うつ病の時は本当に視野が狭まりました。

1点しか見れてないです。

うつの時も、躁の時も両方です。

まだまだ異常なので、狭い視野でしか見れていないのですが、

心が落ち着きを取り戻せるようになると、

視野が自然と広まるようです。

 

これ、躁うつ病の時に限った話ではないと思います。

僕の経験上ですが、

心が穏やかでないときや、妙にテンションが高い時は、

基本的に視野は狭くなります。

穏やかな時には、視野はそれなりに広くなると思います。

 

心の波と視野は連動しています。

旅先で心が癒されているときに、

突然自分の中で凄いアイデアが浮かんだり、

冷静に分析出来たりすることがあるのは、

心の波が穏やかになって視野が広がったからなのかな~と今は思います。

 

このこと知ったのもあってか、

最近楽になってきたな~と思いました。

 

 

相談にまつわる注意点

今日は珍しく先にタイトル決まってた(笑)

普通この時間眠くなるはずなのに、

なんでこんなに眠くないんだろう??不思議。

やっぱ、まだ躁なのかな。

 

注意)

今回の「相談」は会社以外での相談事のことを指します。

 

復職のタイミングでも、いろんな人と相談した。

それなりにたくさんの人に聞いたが、回答はさまざま。

転職の話も色々相談した。

それなりにたくさんの人に聞いたが、回答はさまざま。

 

そう、十人十色なんて言葉もあるぐらい、

人は一人一人違うんだから、

回答だって何通りもあるわけで、、、

で、1つ目の注意点は『相談の答えは、相談した人数だけ存在する』ということ。

別に複数人に相談することは悪じゃないし、

逆に一人しか相談しなければ、一つしか回答がない。

それに比べりゃ、複数人に相談したほうがいいと思う。

ま、躁鬱病の時は人と会うことが億劫だから、

その辺は落ち着いてから相談したほうがいいんだけどね。

 

次、2つ目は『結局どうするかは自分で決める』ということ。

復職の時の相談で話を聞いてもらった人は二人。

で、回答も2種類ぐらいはある。

だけど、二人とも個人。だから、

将来の話も二人分の回答、すなわち道がある。

回答は当然二人の経験に基づく回答である。

 

僕は過ちを犯した。

復職に際して、回答してもらった人の名前を出して、

「その人に~と言われたので、色々自分で考えて決めた」

ということを上司の前で口走ったのだ。

これはかなりの粗相だったと思う。

当たり前すぎる

『自分の人生は自分で決める』

という概念が、

どっかにすっ飛んでいたのだ。

後から「~さんの意見も加味して自分で考えた」と言っても、

この段階で自分の人生を自分で決めれていないのだ。

 

当時の僕は、こんなにも冷静でなかったのだ。

今も冷静かどうかはわからないけど、

少なくとも今相談については2つのことを気づけただけ、

良かったと思う。

 

悩みと向き合うなんていうけど、

悩みをあからさまにして相談しても、

結果論どうするかは自分で決めること。

一歩踏み出すも、

足踏みするも、

後ろに下がるも、

全部自分次第。

 

そうなんです。

自分が自分の最大の味方なんですから。

生かすも殺すも自分次第。

ダメなら自分を救う手段を探せばいい。

それに尽きる。

怖くない距離から事象を見つめる

おはようございます。

今朝も4時に目が覚めるという(笑)

時間調節して、それなりに遅めに薬飲んだんだけど、

やっぱりだめか(笑)

 

ま、ぼちぼち行きますか。

 

 

さて、今日は『怖くない距離から事象を見つめる』という話です。

今日のドキュメントをお送りしましょう(笑)

 

いつものようにリハビリ出勤で7時50分に会社につき、

今日は8時10分までパソコン作業などをやることになりました。

で、チームのメンバーへの謝意を前々から伝えたくて、

勝手にごめんなさいメールしちゃったのですが、

上長から後から電話があり、

勝手にメールすんな!一言相談してからメールしなさい!

みたいなことで言われたわけです。

 

で、僕がとった行動は、

その場では『おっしゃる通りです。スミマセン』とやり過ごして、

そのまま家に帰ります。

で、そのあと、しばらく時間をおいてから、

ま、上司から叱られた後、約2時間ほどしてから冷静に振り返りました。

その時は

「まあまあ、自分のことを気にしていってくれてんだな~

 ま、いい方は相変わらずだけど、ま、仕方ねえわな(笑)

 ま、今度からやめとこっと」

ぐらいの感じで、さほどメンタル落ち込むことなく、

そのことを咀嚼できました。

時間を見計らって、上司にメッセージしておこうと思います。

 

躁うつ病になる前は、こんなこと全然してなかったんですね。

なんていうんだろう・・

言われた場でしっかり反省しなきゃ!みたいな、

強迫観念があったみたいで、、、

大小かかわらず、日常茶飯事でそういうことはたくさんあるのに、

いちいち毎回、その場でしっかり反省みたいなことしてたんですよね。

そりゃ~、ダメにもなるって話ですよ。

 

タイトルには『距離』と書きましたが、

これは『時間』でもOKなんですね。

昨日の記事でも、鬱の最中に冷静だと思い込んでいた自分が、

少し時間がたったら冷静じゃなかった、とわかった、

なんて話を書いたと思うんですが、

毎日起こること、起こったことなんて、無限大にいっぱいあるんですよね。

でも、渦中では冷静な気持ちでいれるはずがないんですよ。

昨日の波の話と一緒。

風も吹かない、雨も降らない穏やかな時は、

湖面はきれいに周囲の風景を映し出します。

しかし、風の時や雨が降っているときは、

湖面は小さくても波立つもの。

小さな波ならともかく、大きな波の時に、船が揺れないわけがありません。

心も一緒です。

波が収まるまでは、無理してアクションする必要はないんです。

そして、個人的に大事だなと思ったのは、

①自分の行動を冷静に振り返り、自分の行動したことを認めること

②その時の相手の行動を振り返り、相手の気持ちになって考えてみること

③その時の自分も、その時の相手も、両方ともしっかり受け止めること

だと思います。

ポイントは『何かが起こったその時に深く考えないこと』です。

 

今僕が書いているときも、

ひょっとするとまだ冷静じゃないかもしれませんが(笑)

それでも、大きく進歩・成長したんだなと実感しました。