あなたの問題を解決する    『鉄道×心理』の世界へ

「今抱えている問題は、今とは違う場所が解決してくれる」鉄道と心理学をミックスし、新しいものを発信します。 旧鉄道Blogはこちらからhttp://ameblo.jp/louis0721-0618/

あたりまえ

僕はバスで会社に通勤しています。

乗車口で交通系ICカードでピッ、とやって、

降車口でピッとやっております。

 

皆さんはバスを降りるとき、どうされてますか?

もしくは、ワンマン列車で無人駅とかで降りるとき、どうされてますか?

そのまま乗車券を提示したり、運賃箱に運賃を入れて、

そのまま何もなく出て行かれますか?

 

僕は基本的には運転手の人に大きな声で

「ありがとうございました」

といいます。

運転士の人も同じ言葉を言っているのですが、僕も言います、

「ありがとうございました」と。

 

中にはこんなことを言う人がいます。

「え?何がありがとうなの???

 こっちはお客で利用してあげてるのに、何でお礼するのさ???」

正気でしょうか?と話を聞いて思います。

 

なぜ僕が「ありがとう」というのか?

 

運賃を払うか払わないか、という話の前に、

『いつものバス停で待っていると、

 時間になったらそこにバスがやってくること』

に対して、僕は「ありがとうございます」と言っているのです。

バスの路線がなかったら、会社まで自転車かバスで行かなければなりません。

事業者と利用者、ということでしか考えていない人は、

絶対にありがとうとは言わないでしょう。

 

巷では国鉄民営化30年という話が出ていますが、

僕が物心ついたころは、私鉄は自動改札が主流でしたが、

国鉄と言えば自動改札がなく、切符に改札鋏で切り込みを入れる駅員さんがいて、

そこを通るときには、

駅員さんが必ず「ご乗車ありがとうございます」といってくれていました。

そして自動改札がだんだん主流になり、

今や交通系電子マネーの時代になりました。

あれから30年でここまで変わるとは思ってもみなかったのですが、

あの「ピッ!」という音で「ありがとうございます!」の代わりにはならないしなあ。

何だか冷めた時代になったと感じます。

 

駅員さん、バスの運転手さんのいうありがとうは、

当然ながらお客としての僕たちに対してのありがとうです。

お客さんがいないと、路線の収支にかかわり存廃議論になってしまいます。

利用客がいての運転手なので、こちらはお分かりだと思いますが、

鉄道路線・バス路線があることに対して、

もっと広義に「利用できる交通があること」に対して感謝の念を抱いている人は、

そうそういないのでしょうかね。。。

 

僕は青春18きっぷなどの旅では、今は廃止となった路線にも乗車してきました。

2本のレールの上をゆっくりと走る鈍行列車に揺られていること、

僕にはこの乗っている時間や空間、体感そのものが楽しくて貴重でした。

でも、存廃論議が出る前の旅では、

どこか鉄道があるのがあたりまえに感じていて、

「また来たいときには来れる」という感じでいたのかもしれません。

しかし、その地方の人は

そこに線路があって列車が走っていることは当たり前になっていたんでしょうね。

幸いにも自分の地元は大手私鉄と言われる路線が走っていて、

「明日からは電車が走らない」という経験はしたことがありませんので、

廃線となった路線を抱える地方の事情は分からないのですが、

そこに線路があって電車が走ってることって、

よくよく考えればすごいことで、

よくよく考えれば物凄くありがたいことなんですよね。

一般の利用者はそこまで考えられていないでしょうね。

僕も東急田園都市線に乗っていて、そこまで考えてないから。

 

何にでも通じることでしょうけど、

自分の身の回りにあるものって、

「あって当たり前のものなんか一つもないんだ」ぐらいの感覚でいいと思うんです。

毎朝乗る鉄道路線が遅延が多いとかぶつぶつ言う声が聞こえますが、

その路線がなかったらどうか?なんて考えてない人の考えることです。

「だったら違う路線で」とかいう話ではない。

鉄道があることの恩恵を受けているのだ、ということを理解しないといけませんね。

電車に乗るとき、駅の改札でピッとタッチした時に、

心の中で「ありがとうございます」って毎回思える人でいたいですね。